「少女売買」(長谷川まり子)
ネパールはインドと中国チベット自治区の間に位置する小国で、人口は約3千万人。失業率は約4割と高く、国民の3割が貧困線以下の生活をしている。
そのネパールから、インドの大都市にある売春宿に、年間7000人もの少女たちが売られているという。昔話ではない。現在進行形のできごとだ。彼女達の多くは16歳以下で、7~9歳の幼女までもが含まれる。
ターゲットにされるのは、農村部の貧しい家の子供たちだ。幼いころから貴重な労働力として働かざるをえない彼らは、「ムンバイのカーペット工場で働けば、今よりずっと良い暮らしができる」などと囁かれると、日々の苦しい労働から逃れられる、家族をもっと支えられるという希望を抱いてしまう。無知がさらに彼らを無防備にしている。ネパールの農村部は識字率が低く、テレビやラジオといった情報も限られている。娘が連れ去られても、警察に届け出ることを知らない親が、「神隠し」として諦める場合もある。
何も知らずにインドへ連れて来られた少女たちは、売春宿経営者に脅され、暴力を振るわれて、従うしかないと思い込むまで追いつめられ、その日から客をとらされる。相手にする客は1日に数十人、100人を超える日もあるという。24時間365日、客がいる限り働かされ、給料は出ない。病気になっても医者など呼んでもらえない。経営者にしてみれば、治療費を払うより、「替わり」を買った方が利益が大きいからだ。警察も政府も売春宿と癒着しており、賄賂と引き換えに容認している。
売春宿を訪れる客の多くはインドの低所得者で、性感染症に関する知識などなく、コンドームの存在さえ知らない。セックスワーカーがコンドーム着用を頼んでも拒否する客が多く、インドの赤線地帯はHIVの温床となっている。
近年、世界がインドのHIV感染率に注目したことから、インド政府およびインド警察はようやく動き始めた。しかし彼らのやったことは、外国人感染者を本国に送還し、国外追放しただけ。送還された少女たちの多くはHIVに感染しており、元娼婦=「汚れた存在」として祖国で偏見を持たれ、家族にも見放され、治療も受けられないまま、AIDSや他の病気を発症して亡くなっていく。救出された被害女性の40%もが偏見・差別に耐えられず、インドに戻って娼婦やトラフィッカー(周旋人・斡旋業者)になるという。かつて自分も売られて人生をめちゃくちゃにされたというのに。
実は本書を読む前に、昨年、ある講演会で著者の長谷川さんから直接この話を聞き、女性として、また一女の親としてかなり衝撃を受けた。長谷川さんは、ライターとして活動する傍ら、人身売買被害者を現地で救済しているNGO(レスキュー・ファンデーション/マイティ・ネパール)を支援するNPO(ラリグリス・ジャパン)の代表もつとめている。
ラリグラス・ジャパン/インドとネパールの女性と子どもたちの未来のために
ラリグリス・ジャパン
幾つかのNGOやNPOに定期・不定期に寄付することがあるものの、ラリグリス・ジャパンのような人道支援活動に対して、「近づきたいけど近づけない」後ろめたさを正直ずっと抱えていた。問題が重ければ重いほど、「お金しか出せなくていいのだろうか」「生活にゆとりがなくなったらできなくなるような、中途半端な同情でいいのだろうか」と思い、かといって、仕事も育児も抱えている身でボランティアもできず、給与水準の低さにもめげずNGOやNPOで生き生きと働く友人を少し羨ましいと思ったり。
講演会では名刺交換もはばかられて挨拶しなかったが、帰途、たまたま駅で長谷川さんに会い、話す機会があった。上記のような葛藤というか、言い訳というかを口にしたところ、長谷川さんは笑って、「こういった活動はバトンをつないでいくことが大事」というようなことを話してくれた。支援活動は長い。1人1人はできる範囲で、できること、払える額を提供し、他の人にそのバトンをつないでいく。被害者の人生全部を背負うことはできないけれど、ある時遠い国の誰かが自分を思って手紙なりチョコレートなりを送ってくれたということが、受け取った人にとっては、何かの時にふと自分を支えてくれるものになりうる…と。
ご本人とお会いしたあとでこの本を読むと、長谷川さん自身がどういう経緯で人道支援活動にかかわることになったかというレポートでもあり、興味深かった。大学で開発学など学び、大学院、留学して・・・というパターンかと思いきや、失恋、就職先の倒産と債権者対応などのゴタゴタを経て、成り行きで30歳近くでライターになり、好きなインドで見つけた「ネタ」が赤線地帯で働くネパール人の少女達だった。
また、日本での支援者を集める支援団体と、支援される現地NGOの関係は、人道支援という崇高な目的のために一致団結しているのかと思ったら、資金難を訴えるために収支公開しようとしない現地NGOと支援団体との間でトラブルが起きたりと、「良いこと」をする人のいろいろな側面も見えた。「支援団体は金だけ出せばいい。やり方に口をはさむな」と息巻く現地NGOの代表が、多額の援助を検討する支援団体には謙虚な姿勢を示しているのを見て、「口を出すには、金を出さなくてはならないのだと思った」と長谷川さんは書いている。
ならば、と思う。「金しか出せない」のはちっとも後ろめたいことではない。
読んでみようかな、と思った方は、ぜひ、ラリグリス・ジャパンのサイトに行き、本を購入してほしい。定価の2割が寄付金になるし、現地の女性が制作したビーズ・アクセサリーも一緒に送ってくれる。もしかしたら、制作した女性はもうこの世にいないのかもしれないけれど、丁寧に繋がれた小さなビーズが、彼女達がフィクションではないことを教えてくれる。






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